双極性障害と社会リズム療法|ブログ|名古屋伏見こころクリニック
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双極性障害(双極症)とは、気分が落ち込み何もできないような状態が続く「うつ状態」と、気分が高まりさまざまなことをやり過ぎてしまう「躁状態」をくり返す病気です。
今回は双極性障害をお持ちの方が症状を安定させるために重要な「社会リズム」とそれを用いた心理社会的アプローチである「社会リズム療法」についてご紹介します。
その前に、双極性障害の症状について知りたい方はこちらご覧ください。
▶体内時計と概日リズム
「社会リズム」なんて聞いたことがない…そのような方でも「生活リズム」という言葉は耳にしたことがあるのではないでしょうか? 生活リズムとは、睡眠や食事、活動など日々の生活のパターンのことです。この生活リズムには「体内時計」と「概日リズム」が深く関わっています。
地球の自転の都合上、1日は24時間で成り立っています。それに合わせて人間のからだもおおよそ24時間で変化します。体温やホルモン分泌、血圧、心拍、睡眠などです。この人間の1日の体内リズムを概日リズム(サーカディアンリズム)と呼び、そのリズムを作り上げているものを体内時計と呼びます。
人間のからだには様々な体内時計が備わっています。一番重要な体内時計が脳の視床下部に存在する視交叉上核(しこうさじょうかく)です。視交叉上核では外の光を受け取り、体内時計のタイミングを外の世界の24時間周期に合わせるよう調整しています。また、調整したリズムを心臓や肝臓、血管などからだの様々なところにある抹消時計に送り、全身のリズム──概日リズムを整えていきます。
▶同調因子(タイムキーパー)について
概日リズムは生活リズムの基盤となるものです。たとえば、朝には血圧が上がり、睡眠に関するホルモンであるメラトニンの分泌が停止します。これによって人間は目覚めていきます。また、朝になるとトイレに行くという人も多いのではないでしょうか。これは朝になると腸の運動が活発になるためです。
では、この概日リズムを規則正しく整えるものとは何でしょうか。先ほど体内時計についてはお話ししました。体内時計は外の光を受け取ることでリズムを調整しています。「光」というのはリズムを整える上でとても強力な要素です。うつ病や睡眠障害の治療として、太陽光に近い明るさの光を浴びる「光療法」というものも存在します。
このような「概日リズム(体内時計)」を整えるための外部環境からの合図・目印を「同調因子」といいます。重要な同調因子として、光のほかにも気温や季節の移り変わり、食事などがあります。
そして現代では、この同調因子は環境からのものばかりでは無くなっています。今を生きるほとんどの人は太陽が昇ったら起き、太陽が沈んだら眠るという生活はしていないかと思います。仕事があるから、学校があるから、家事があるから──やらなければいけないことがあるから起き、同じように1日のやることが終わったら眠るでしょう。また、そのような生活の中では多かれ少なかれ他の人と関わる必要があります。親しい相手の場合であればそうではない相手の場合もあり、時には苦手な人とも関わらなければならないかもしれません。ただ同じ空間にいるだけのこともあれば、積極的に交流することもあるでしょう。
こういった環境からの目印以外の同調因子が「社会的同調因子」です。
光や気温とは異なり、人それぞれ違った社会的同調因子を持っています。「仕事に行く」ために朝7時に起きる人もいれば、「愛犬の散歩」のために朝6時に起きる人もいます。「愛猫に起こされて」朝5時に起きてしまう人もいるかもしれません。起床時間以外にも、「学校に間に合うよう家を出る」、「会社の昼休憩に仮眠をとる」、「母親に夕方に電話をかける」、「仕事終わりにジムに行く」、「決まった時間に食事をとる」なども社会的同調因子です。
外部からの環境的な合図とともに、規則正しい社会的ルーティンがその人の概日リズムを整えていきます。
(なお「規則正しい」とは「いつも通りの時間からずれても45分以内に行われる」こととされてます)
▶社会リズム療法とは?
それでは、肝心の「社会リズム」とはどのようなものでしょうか。
社会リズムとは、上記で述べた、概日リズムに影響を及ぼすような繰り返しの生活習慣や対人関係などのルーティンのことです。概日リズムが乱れてしまうと、睡眠や気力、気分、活動などに支障をきたします。また、仕事に間に合うように起きたり、予定の時間に出かけたりなどが難しくなり、対人関係を維持することも難しくなるかもしれません。「予定通りに行動できない」ことも、気分や気力に悪い影響を及ぼすでしょう。
そのため「社会リズム療法」では、その人の生活にあった社会リズムを確立・維持し、概日リズムを整え気分の安定を図ることを目標としていきます。活動をした時間や対人関係をはじめとする「社会的刺激の量」をチェックし、調整していくことで社会リズムの安定を目指していく治療法です。
社会リズム療法では、まずは以下の5項目について記録していきます。
・起きた時間
・最初に人と会った時間
・仕事、学校、家事など活動を始めた時間
・夕食をとった時間
・就寝した時間
時間の記録に加えて、「対人接触の程度」を0から3で記録します。
0:自分ひとり
1:他の人がただそこにいた(会話などはなし)
2:他の人が積極的に関わっていた
3:他の人がとても刺激的だった
最後に1日の気分を-5(すごくうつ)から+5(すごく高揚)で点数付けをします。
記録を続けることで、自分の現在の生活リズムや人との交流の程度、感じているストレスの量、気分との関係などが分かるようになっていきます。また、自身のルーティンを乱している原因が何であるのかを見つけ、それに対処する方法も探していきます。これらを通して、自分の生活に即した理想の社会リズムを送れるようにし、加えて人との交流によるストレスの量をコントロールできるようにすることで、気分が安定した規則正しい生活を送れるようになることを目指していきます。
なお、記録をする際にはソーシャル・リズム・メトリック(SRM)というシートを用います(引用:日本うつ病学会双極症委員会HPより)。今回は5項目を紹介しましたが、本格的に実施する場合は17項目の記録を行います。
また、社会生活をおくるうえでの大きなストレスとして上記にあげたように人間関係があります。双極性障害の方に限らず、人間関係でストレスを抱え症状が悪化したり、反対に症状が悪化することで人間関係が壊れてしまったりする方も多くいらっしゃいます。
そのような人間関係、特に「自分にとって重要な誰か」との関係を見直す「対人関係療法」と、今回の「社会リズム療法」を組み合わせて行う「対人関係・社会リズム療法」というものもあります。
▶なぜ双極性障害に社会リズム療法?
近年の研究により、正常な1日の概日リズムを制御する遺伝子が発見されました。また、双極性障害の人とそうでない人とでは、この「概日時計遺伝子」が異なっていることも研究で示されています。双極性障害の人の体内時計はスケジュールや時差、ルーティンの変化により敏感で、概日リズムもずれやすいことが分かっています。双極性障害の人の体内時計は「繊細」なのです。
(体内時計が「繊細」であることは、進化論的な視点で見れば過酷な環境に順応しやすい性質を持っていると言えます。一方で、現代のルーティン化された生活にはなかなか適応できないことも多いです)
体内時計・概日リズムを規則正しく維持することは難しく、またいったんずれてしまったものを元に戻すのも一苦労です。規則正しい概日リズムを失ってしまうと、睡眠がうまくとれず、気分・気力も悪化し、気分エピソード(躁やうつなど)の悪化や再発のリスクが高くなってしまいます。反対に、規則正しい概日リズムを徹底できれば気分が安定し、気分が安定することでより概日リズムを維持しやすくなります。
概日リズムを安定させるヒントが社会リズムであり、自身の生活にあった社会リズムを発見・調整・維持していくのが社会リズム療法なのです。
双極性障害に限らず、病気や症状は一人でコントロールすることが難しいものが多くあります。
まずは気軽にご相談いただければと思います。
【参考図書】
双極症のための社会リズム療法ワークブック ホリー・シュワルツ 松尾 幸治(訳) 日本評論社
監修医師:宮田 明美(みやた あけみ)
名古屋伏見こころクリニック院長。医学博士。お茶の水女子大学心理学専攻卒業、名古屋市立大学医学部卒業。心理学と医学の両面からこころの問題に向き合い、精神科専門医・精神保健指定医・産業医として活動しています。